ルドルフ・ヘスの家系図・子孫を、簡単に分かりやすく

ルドルフ・ヘス一族の家系図
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目次

ルドルフ・ヘス

ルドルフ・ヘス:1929年~1947年
死因:戦犯として絞首刑に処された

ルドルフ・ヘス。(写真は1944年、ゾラヒュッテにて撮影)

ルドルフ・ヘス。1944年、ゾラヒュッテにて撮影されたもの
By Bernhard Walther, Ernst Hofmann or Karl-Friedrich Höcker – USHMM, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=136529751

ルドルフ・ヘスは、あの悪名高きアウシュヴィッツ強制収容所の所長を3年務めた。

その責任を問われ、1947年4月2日、死刑を宣告され、1947年4月16日、アウシュヴィッツ強制収容所敷地内で、公開処刑(絞首刑)に処された。享年46歳。

ルドルフ・ヘスは、アウシュヴィッツでの冷酷なイメージがある反面、家庭内では、温かく理想的な父親であったことを、子供や使用人が証言している。

ポーランドでの拘留中に、アウシュヴィッツ強制収容所での出来事についても詳細に記された自伝といえる手記を遺した。

ヘートヴィヒ・ヘス(ルドルフの妻)

ルドルフ・ヘス一家の家族写真
当サイトで撮影,ルーシー・アドリントン著,宇丹貴代実訳『アウシュヴィッツのお針子』

ヘートヴィヒ・ヘス(あるいはヘドヴィヒ・ヘス):1908年3月3日~1989年
死因:老衰

上記は、1943年に撮られた家族写真。

ヘートヴィヒは、1989年、アメリカにある次女の自宅にて、81歳で亡くなった。
(眠っている間に亡くなった)

下記画像がヘートヴィヒの顔画像としてネット上に掲載されているのを見かけるが、
これは間違いで、 彼女はドイツの作家で編集者のヘドヴィヒ・ラハマン (1865-1918)。※ヘドヴィヒ・ラハマンの他画像を見て確認。

ヘドヴィヒ・ラハマン の顔写真
パブリックドメイン,https://picryl.com/media/hedwig-lachmann-1865-1918-f13488経由

クラウス・ヘス(ルドルフの長男)

クラウス・ヘス:1930年2月6日~1980年
死因:過度な飲酒による

ルドルフ・ヘスの長男、クラウス・ヘスは、1980年代に、移住先のオーストラリアにて、50代で亡くなった。

死因は、過剰な飲酒によるものだったようだ。

リゾレットと結婚し、1人娘のクリスティーンや、孫に恵まれた。

ハイデトラウト・ヘス(ルドルフの長女)

ハイデトラウト・ヘス:1932年4月9日~2020年以前 死因:老衰、癌

ハイデトラウドは、ドイツで癌の為に亡くなったようだ。

インゲ・ブリギット・ヘス(ルドルフの次女)

インゲ・ブリギット・ヘスの写真(モデルとして活躍していた頃)
infobae(https://www.infobae.com/historias/2021/09/14/la-bella-modelo-alemana-que-triunfo-en-espana-y-durante-80-anos-oculto-su-pasado-como-hija-del-animal-de-auschwitz)

インゲ・ブリギット・ヘス:1933年8月18日~2023年10月
死因:老衰、癌

インゲ・ブリギットは戦後スペインに移住し、
モデルとしてファッション業界で働き始めた後、アメリカ人と結婚。
後にアメリカへ移住し、その後はユダヤ人が営むファッション店で35年働いた。

癌を患い、2023年10月にアメリカバージニア州アーリアトンで亡くなった。

ハンス・ユルゲン・ヘス(ルドルフの次男)

ハンス・ユルゲン・ヘス:1933年8月18日~2023年10月
死因:老衰

ハンス・ユルゲンは、イレーネと結婚し、
2人の息子、カイとライナーをもうけた。

近所のユダヤ人家族とは親しく付き合った。

夫婦関係悪化後は、家族との連絡を絶ち、エホバの証人(キリスト教系宗教団体)のところへ行き、2020年頃には、ドイツのバルト海沿いの家に住んでいたようだ。

アンネグレート・ヘス(ルドルフの三女)

アンネグレート・ヘス:1943年11月7日~?
死因:不明

アンネグレート・ヘスは、アウシュヴィッツ生まれ。

ドイツに住んでいた。

イレーネ・ヘス(ルドルフの息子の嫁)

イレーネ・ヘスは、大農場の娘で、金持ちだった。

母親は、実家の農場にいてイレーネの家のことも支配していたというカロライン。

ライナー・ヘス(ルドルフの孫)

ハナ・カシュパリコヴァ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ライナー・ヘス:(存命と思われる)

ライナー・ヘスは、
1991年~2020年前までで13回、ナチス時代に関する教育事業と称して人々から金を騙し取った等として、有罪判決を受けている。

例えばライナーは、祖父の私物をヤド・ヴァシェム(ホロコースト記念館)に売ろうとした。(記念館側は怒ってこれを断った)

書籍や取材の中で、自身や家族の生い立ちについて、多くの偽りを述べた。

他にも、ナチスの人体実験の生き残りであるエヴァ・モゼス・コールに養孫になりたいと名乗り出た。(エヴァ・モゼス・コールは、ライナーが詐欺師と分かった後にこれを解消した)

イスラエル人ジャーナリストのエルダド・ベックは、
ライナーが、テレビの中とプライベートではまるで別人であり、
ホロコーストや犠牲者の苦しみについてはほとんど考えていないということを、指摘し続けていた。

ライナーの目的は、金と承認欲求にあったと考えられている。

カイ・ヘス(ルドルフの孫)

カイ・ヘス:(存命と思われる)

カイ・ヘス一家の幸福そうな写真(ルドルフの次男の息子)
sunday-news.info(https://sunday-news.info/kai-hoess-oeffnet-seine-tuer-um-der-wahrheit-willen/)

カイ・ヘスは、イギリス人の妻を持つも離婚。

その10年後に、インドネシアのバリ島で出会ったラフマと結婚し、4人の子供たちももうけた。

ドイツのシュツットガルトに家族と共に住んでいる。

兄、ライナーの偽りを正す為に、公の場に現れた。

ルドルフ・ヘス一族の妻や子孫についてもっと詳しく

参考文献:
https://sunday-news.info/criminal-grandson/
https://sunday-news.info/kai-hoess-oeffnet-seine-tuer-um-der-wahrheit-willen/
https://sunday-news.info/kai-hoess-oeffnet-seine-tuer-um-der-wahrheit-willen/

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